安曇野の道祖神-2

  • 2018.07.04 Wednesday
  • 18:55

                   合掌型

 

W杯サッカー日本、対ベルギー戦で負けたけれど、天晴れな試合だった。

あわよくばブラジルと対戦か!?という夢みたけれど、それは欲張りすぎた・・・

でも日本チーム、良い試合をありがとう!

しかし、サッカーっていわば球蹴りやけど、それが面白いねんよなあ〜〜

・・・ちなみに私の優勝予想はフランス・・・どうかしらん・・・

 

さて。

長野県安曇野は、穂高町の双体道祖神(のごくごく一部)を紹介する2回目。

前回は、二人が握手するタイプでしたが、それ以外様々な形態がありま〜〜す

 

                   祝言型

 

女神が男神にお酒を注いでいて、結婚式を表現している、

ということで、学者はこのタイプを祝言型と分類。穂高町に多いそうな。

 

 

               塩の道道祖神

 

塩の道は、新潟県糸魚川から松本まで約130キロの千国街道。

塩の道道祖神は、穂高町内の街道沿いにあったものを、穂高神社に集めたもの。

 

 

 

 

               穂高神社の狛犬

 

                 大王神社

         たてがみに比べて、尻尾がシンプル

 

               安曇野の古民家

 

 

 

 

               嫁入り道祖神

 

安曇野の道祖神は、他村から他村へ移動しているものが多いのです。

表向きは、村どうしの交流。

でも実際は、道祖神が無い(作れない)貧しい村が、道祖神を泥棒したんですね。

取られたら取り返し、なので村争いが絶えず・・・

安曇野の道祖神が他に比べて大きいのも、泥棒よけのためだとか。

 

 

小正月の火祭りは左義長(とんど)と呼ばれますが、安曇野では三九郎。

凶作飢饉・疫病・納税の三苦なので、三九郎。

山国信州では、三苦がとりわけ厳しいものであったのでしょう。

道祖神が爆発的に増えるのは江戸中期。天明の大飢饉のあった頃。

飢饉だからこそ、人々は豊作を祈り道祖神を求めたのですね〜〜

 

 

しかし。道祖神争いは不毛ということに気づき、村々で道祖神を売買することに。

それを道祖神のお嫁入りという形式にし、

嫁元(道祖神を有する村)が、嫁入り先から結納金をもらい、円満解決を図ったのです。

ほのぼのとした道祖神にも、黒歴史があったのですねえ〜

でも、

後には両村の了解がありながら、娯楽としての嫁入り道祖神盗みが盛んに。

それが村同士の交流を深め、辛い寒村労働のストレスの発散となったのですね。

 

 

                私のお気に入り

 

男神女神は、天宇受売命と猿田彦尊を模しているとも、

更には男女は実は兄妹で、近親相姦の象徴だとも・・・ちょっと怖い話ですね〜

ところで。

そのお顔はちょっと不細工に。神様に負を背負ってもらい、

その分、自分たちが美男美女になるように、との願いから。

 

                餅つき道祖神

 

 

道祖神は今でもどんどん作られています。

人々の幸福への願いは、尽きないですから〜〜

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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