清明節-3

  • 2019.04.17 Wednesday
  • 21:06

                                          龍箏

         清明節前後の青空にたなびく紙鳶(凧)

 

清明節の墓参がてらに踏青(郊外散歩)する習俗の起源は、曲水の宴にありました。

江南地方は太湖・西湖などや河川が無蔵にある水郷。

宋時代にはこの曲水の宴が大規模になり、船団を組むまでに。

主船は祭祀船、次いで男賓船、女賓船、語尾に厨師船という船遊びとなりました。

この船遊びは、男女差別の厳格な儒教下、

外出禁止の女性たちの気晴らし、また男女の出会いの場ともなったのです。

中国恋愛物語の古典<白蛇伝>では、杭州西湖の断橋で、

千年にもなる白蛇の精=白素貞が、青踏で来ていた許山と出会い恋に落ちるのでした。

 

                  蹴鞠

 

寒食で体力を消耗すると考えた中国人は、踏青や体を動かすこと=放箏(凧揚げ)蹴鞠・

馬毬(ポロ)や鞦韆(ブランコ)を奨励しました。

 

蹴鞠はbc400年頃の起源とされ、打毬、蹴円とも呼ばれ、宋時代には老若男女が競い、

宋や唐の太宗も熱中していたそうな。更には馬に乗る馬毬(ポロ)も登場します。

ところで打毬は、

伝説の皇帝である黄帝が、敵王の頭をマリにして蹴りあったことが始まりだそう。

これに使用した毬杖は、後に処刑や調伏に使用され、

正月には、毬杖を3本束ねたものを厄払いとしてお焚き上げし、

3本杖が、日本の左義長の起源との説もあります。

 

紙鳶(しえん)は凧のこと。飛箏・風箏とも。

日本の凧あげは5月端午の節句前後が盛だけれど、

中国江南の場合、

清明節は新暦4月初旬で上流に強い気流が一定方向に流れる、凧揚げには絶好の季節。

(北方では清明節の頃はまだまだ寒く、秋10月が盛ん)

 

凧は春秋時代(bc600〜)に起源を持ち、

当時は木製だったので木鳶と呼び、紙製となったのは漢時代(bc200~)

鳶の付くように、空を飛ぶ鳥たちにをヒントを得たのでしょうね。

なのでデザインは、鳥系=孔雀・鳳凰・燕や飛ぶもの=蜻蛉・蝉・蝶が多い。

なお、中国凧には2種あり、デザインや彩色を競う花箏と音色を競う板箏。

板箏は揚州が有名。凧に竹笛などを取り付けたものです。

 

後には、大空に舞う凧に神を重ねたのか、航海の安否や占い厄払いに。

凧の糸を切って飛ばすと放災=厄災を捨て放つとされたのです。

また、凧が家の敷地に舞い込むと、厄を招くのでお祓いがされたとか。

他の用途として、戦場での情報伝達手段としても用いられました。

 

          鞦韆(しゅうせん)

 

凧揚げ、蹴鞠などは必ずしも寒食明けの行事ではないのだけれど、

鞦韆=ブランコこそは、寒食明けに体を敏捷にする北方民族の習俗でした。

唐時代には宮廷でも競技大会がされました。

ただ現代中国では鞦韆は廃れ、でも朝鮮半島に伝来し、

現在でも鞦韆戯(クネテギノリ)として、端午の節句によく行われるようです。

 

 

 

             清明    杜牧

 

        清明時節雨粉々  路上行人欲断魂

 

        借問酒家何処有  牧童遥指杏花村

 

 

 

 

 

 

 

 

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