近江八幡・加茂/牧

  • 2018.04.14 Saturday
  • 10:11

 

どっしりとして貫禄ある彼に会いたくて、近江八幡市郊外の町=加茂・牧地区を鍾活。

 

 

 

 

3軒並んで、兄弟鍾馗がいましたよ〜〜

本家が鍾馗さん上げてるから、分家もあげんとなあ〜とかご近所付き合いとか、ま、横並び社会やから・・・

 

 

               びっくりぽん君(近江型)

 

この鍾馗さんは、近江では多見するタイプ。びっくりぽん、というのは私がそう思っただけ・笑

 

 

 

                  今日のランチ

 

八幡市内の某喫茶店にて。オーナー女性の手際が抜群で、料理が早くて美味い!

特にオムライスが絶品で、八幡市を訪れると必ず食べま〜〜す。

フワフワの秘訣が、卵にフレッシュ・クリームを混ぜることやとか。

 

 

 

 

 

なんとも拙く、でも愛らしい。

おそらく素人が作ったのやろうけれど、一生懸命さが感じられて微笑ましくて・・・

 

 

 

                    船木町にて

              彼を確認して、一安堵

 

                 八幡市内・旧伴家住宅

 

豪商伴家は近年まで小学校で、現在は資料館になっていて、ちょうど、お雛さんを飾ってました。

 

 

                 朝鮮通信使桶

 

近江八幡は、朝鮮人街道の宿場。

 

朝鮮人街道は、李氏朝鮮の国書を携えた通信使節団が、江戸幕府へ向かうための街道。

それは中山道の脇街道で、野洲から安土・八幡、彦根鳥居本までの40辧

信長がこの街道で上洛したのが始まりで、以降は将軍の上洛と通信使節団の専用道に。

朝鮮人通信使団一行は4~500名。

その工程は、ソウルを出て釜山→対馬→瀬戸内→大阪→淀川→京都→→江戸まで2000

対馬で対馬藩の家臣団が1~2000名が加わるので一行は2500名ほどにもなり、往復1年かかるとか。

そんな大掛かりの通信使団上洛は、1607~1825年間に12回も行われたのです。

道中では使節人による演芸もあったり、

鎖国政策の中で、唯一外国人に触れる機会であるために、人々にとても歓迎されていたようです。

 

                  謎の人形

 

説明書きによると、この人形は明らかに通信使ではないが、誰かは不明とか。

私は彼は剣を持っているので、鍾馗さんや!と確信したのだけれど・・・

 

 

 

 

 

 

 

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